夏目漱石
 
公私混同著者紹介:

我輩は猫である

[???]

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どうも文学というものに偏見を持っていたのですが、夏目漱石によって見事に更生されました。
特にこの「我輩は猫である」のお陰です。
読んでてゾクゾクしました。。読み終わった後、この後どんな本を読んでも物足りないんじゃないか、と心配になりました。
文章の言い回しも面白いし、話自体も面白いし、思考展開の素敵だし。
先生とその友人・迷亭さんとのやりとりがやたら好き。"我輩"も可愛いし!
知的な思考を展開しながら行動しつつも、客観的に見ると完全に猫そのものなのが凄い。
餅に絡まったり、木に登って降りられなくなったり、他人の家に侵入してみたり、生垣で、、、
それが漱石の異様な知識量と相まって、すごいことになってます。

小学校の教科書だったかな、、我輩は猫であるの一部が載っていました。
当時はなんでわざわざこんな変な書き方をするんだろうと腹が立ちました。よく解らなくてつまらなかった思い出があります。
奥さんのことをなんで「細君」なんて呼ぶのかとかね。奥さんや妻でいいじゃん。って。そう考えたことだけやたらハッキリ覚えてる。
(2005/08/27 記)


坊っちゃん

[新潮文庫]
[2003/04/25改版]

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猫にやたら感動して、他の作品はどうなんだろう、と思って読んだ本。
坊っちゃんがいいキャラでねぇ。話もとても面白い! 読んでから中途半端に時間が経っているので、中途半端に記憶が曖昧なんだけど。
終わり方にも来るものがありましたねぇ。
あと赴任した先で、仲良くなった人にちょっとだけお金を借りたんだけど、色々誤解があってその人に愛想を尽かしたときに、今までほっといた借金をサっと返すんですね。
友人だから金を借りばなしでも平気だが、嫌いなヤツに借りがあるのは真っ平だ。みたいな感じで。ああ、半端な記憶なので間違ってるかもしれませんが。
借りっぱなしでも平気だ、っていうのは友達だから取り立てられないだろうっていうのじゃなくて、そういう繋がりになるような関係を持っていても良い、っていう平気。
私、貸し借りが大っ嫌いなだけに良く解る(ような気がする)。
そういう煩わしいモノをそのままにしておける関係なんだっていう解りやすい一例として印象に残っております。
まぁ、そういう真面目に影響を受けた部分を除いて、娯楽作品としてとーーっても楽しめました。
(2005/08/27 記)


草枕

[岩波文庫]
[1972/02/16改版]

山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ、情に棹させば流される。
――美しい春の情景が美しい那美さんをめぐって展開され、「非人情」の世界から帰るのを忘れさせる。
「ただ一種の感じ――美しい感じが読者の頭に残りさえすればよい」という意図で書かれた漱石のロマンティシズムの極致を示す名編。
(カバーより)

・・・これはっ!
こんなん有りなんだなー、っていうか文章で出来るもんなのか。。。
主人公は画家さんなんですが、都会の喧騒から離れて、何人にも煩わせられない非人情の境地で、そう風景やら人間やらを眺めるのです。
それがやたら絵になっているのです。この人全然描かないんだけど、彼の目を通したときすっかり絵になっている。
むむ表現しにくいな。そう、表現しにくい画面が見事に絵になってるんですよねー。
主人公がこりゃ風情があるとか、絵になると言って、その情景を描写してくれるのですが、それがまぁ文字通り目に見えて美しいのです。絵になっているのです。
風景が目に浮かぶ、というより、やはり絵なんですね。こんなのあるんですね。そんなこと出来るんですね。
(2005/08/27 記)


虞美人草

[岩波文庫]
[1990/04/16改版]

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未読。


それから

[岩波文庫]
[1989/11/16改版]

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読了。


こころ

[???]

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読了。


硝子戸の中

[岩波文庫]
[1990/04/16改版]

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読了。


夢十夜 他二篇

[岩波文庫]
[1986/03/17版]

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読了。